本当にやらなければいけない、一つのこと

思うこと

どうもTarfです。
よく見る扇情的なブログタイトルをつけてみました。
 
本当にやらなければいけないこと、です。
 
別に結論引っ張っても大したものは出てこないから言っておきますが、「本当にやらなきゃいけないこと」それは、「やらなければいけないことは何かを考えること」、という非常に陳腐なことです。
 
それでもこれに尽きるんです。
 

「草むしりしなきゃ」

そしてこれは本日の妻の一言です。 

しかも妻は嫌そうに、やりたくなさそうに言うわけです。これは本当にやらなければならないことでしょうか。否。わかりますね。非常にこの思考はもったいない。どうせやるのなら、単に「やります」だけで良いのです。
 
ちなみに私がやってと言ったことはなく、恐らく近所の人から言われたこともないと思われますが、マンションの一階に住んでいるので、隣近所の綺麗に整えられた庭と比較してやらなきゃと、妻が自分を追い込んでいるのでしょう。
 
それ以外にも結構「xx買わなきゃ」「掃除しなきゃ」などなど自らを追い込む様子を見ます。本当に必要なことは淡々とこなす、それだけです
 
ただコレに人がはまり易いのは事実。私だって日々の生活にしろ、仕事にしろ、やらなくても良いことをやらなきゃいけないと自分を追い込むことはよくあります。

子育てに見るやらなきゃ症候群

子育てをしていると更にこの状況は深刻です。なぜなら本当にやらないと、赤ちゃん、小さい子供は、大人が簡単に自分出来ることを、自分では出来ないから。
 
「オムツ替えなきゃ」「おやつ買わなきゃ」「起こさなきゃ」
 
そしてこれがもう少し進むと、
 
「着替えさせないと」「歯磨きさせないと」「お風呂入らせないと」
 
と、子供にxxをさせるというより高度な”しなきゃ”になります。
 
 
ただここで大きな問題が立ちはだかります。子供はしなければいけないなんて思っていないし、して欲しいとすら気づいていない。この2つの熱い想い、親の愛ある「させなければならない」を、子供は無碍にもその純粋な「遊びたい」とか「なんか嫌だ」という、非常にチープな欲望で打ち砕くのです。
 
ちなみにやらなきゃいけないことは実はもっといっぱいあります。
 
起きないと。
ご飯食べないと。
歩かないと。
 etc.
 
でもこれっていつするかが重要です。夜中の2時に起きなくたっていいわけです。一日ぐらいご飯食べなくても死にはしません。ずっと歩いてたら疲れます。
 
朝6時に起きなければ、ご飯食べて7時に出発しないと、最近太ってきたし、駅まで歩かないと、、、。これらを本当にやらないといけないことか考えたら、そうではないことがわかります。自分がそうしたいからやっているに過ぎないわけです。
 

本当にやらなきゃいけないことは楽しんだほうがいい

もちろん本当に時間に追われてしなければいけないときはやってきます。それはむしろ時間に追われる感じを楽しむ。
 
もう出発の時間なのに子供が服を着ない、おもちゃで遊んでいる、子育てあるある。でもそこで腹を立てても誰も幸せにならない。ならばいっそのことそのスリルを楽しむぐらいになったほうがいい。
 
そのためにも、その先の用事が本当にやらないといけないことなのかを考えておく必要があるわけですな。ディズニーランドに行く予定なら自分達の楽しむ時間が減るだけ、子供預けて仕事行くなら、遅れます連絡したらいい。もし本当に重要な用事なら、1時間早く準備すればいいだけ。それをしなかった自分をしかりつけ、次から改善していきましょう。
 
ちなみに今の私にとって、やらないといけないことは、ブログを書くことか(まだ1週間も続いてないけど)。
 
誰も強制しません。書かなくても誰も怒らないし、悲しまないし、喜びもしません。でも書かないと、自分の次が見えないので、私は自分自身にこれを課します。だから、やらないといけない。それはいつだって自分との戦いです。誰かに言われてやる、やらないといけないことなんて、たかが知れています。
 
ということで、本当は昨日アップするはずのこの記事が今日になりましたが、そうやって一日一日を生き延びているのです。
 
わっしょい

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