やりがいを感じる生き方。わがままな生き方。

思うこと

 
かれこれ10年前になるか。入社数年ぐらい経っていた時だったと思う。会社に向かう道すがら、言いようのない高揚感を感じたことがある。
 
それは世間ではやりがいと言われているようなモノか、はたまた単に気分が良かっただけか。
 
そのオフィスに向かう道の最後の交差点でミスチルのなんていう曲だったか、アップテンポな曲をかけるのがそのときのルーチンになっていて、それを流し始めた時に武者震いした。
 
新入社員として入社して数ヶ月は全体研修、その後に各本部配属となりさらに研修。その後やっと自分のグループに配属となり業務を開始。ただ実際に業務を担当するグループは忙しすぎて、逆に新入社員は暇になるという矛盾。先輩には新人にかまっている暇はなくよく言う放置プレイというやつ。
 
当時はそんな状況に腹を立てたりもしたけど、そんな時は一瞬で、すぐに業務が山のように積みあがる。しかも右も左も分からない新人。うまく捌ける訳もなく、右往左往するばかり。
 
幸か不幸か、まだデータセキュリティの考え方も甘かった時代で、データを家に持ち帰って分析してみたり、資料作ってみたりして。それはサービス残業だし、今となってはデータを持ち出すなんて切腹ものの所業なのだけど、それが残業だなんて、悪いことだなんて考えにすら行き着かず。まぁ好きでやってました。
 
更には朝の始業時間より2時間も前に会社に行って、終電まで働いて。それでも終わらない状況に、もっと効率的に業務を配分すべきだ、などと考えてイライラしたりもして。暇なときは「忙しく働きたい」、「俺に仕事を」と思っていたのに、人間はなんと我儘な生き物か。
 
そうして向かえた朝に感じたあのやりがい。今となっては非常に貴重な、プレシャスな(英語にしただけ)経験だったとは思うけど、当時はこんだけ忙しく働いているだから、まぁそんなものでしょぐらいにしか思えなかった。
 
本当はもう一度でもそんな気持ちになりたいと思って、海外に活路を見出したり、転職をしたりをしているけど、もうあの気持ちを味わうのは無理なような気もする。どんなに新しい仕事、環境でもどこか冷めた目線で、「まぁ世の中ってこんなもんだよね」と見てしまう自分がいて。
 
だからって人生諦めるのはまだ早く、まだまだ新しいことを始めるし、子供にその何割かを期待してみたりもする。
 
ことごとく我侭な生き物だよなと思わずにはいられないけど、今の世の中、もっと我儘な人がいてもいいんじゃないかという気もする。
 
今日は定時で帰ろうかな。
 
わっしょい

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