SUSHIBOYS万歳:日本に足りないのは愛くるしさを愛でる心

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もう題名ですべてを語っている。長々と書くが、これが本日言いたいすべてはここにある。愛である。題名だけで愛が二つも入っている。年を取ると愛に貪欲になるらしい。

しかしながら”愛くるしい”なんて世の中の社畜達は絶対に使わない言葉だ。だからこそ私は愛を叫びたいし、叫ばれたい。ぜんぜん私の相方は愛を叫んでくれないんですよ。

まぁそれは良いとして愛を連呼して、日本に、否、世界に平和をばらまく集団がいる。

そう、ご存知SUSHIBOYSである。

SUSHIBOYSという愛くるし集団

SUSHIBOYSとは漫才師トータルテンボスを軸に構成されたイタズラっこ集団で、いわゆるYoutuberである。コンセプトは非常に明快で、トータルテンボスの大村ことTempuraが、相方藤田ことFujiyamaにドッキリを仕掛けて楽しむという、ただそれだけ。

スタッフというか、他にも協力者がいて、多分後輩芸人とか構成作家とかがこのチームを盛り上げ、サポートする。

ドッキリといえばテレビ番組では巨大な落とし穴が掘られていたり、数ヶ月もの長期にわたり仕込みがされていたりなど、壮大なもので視聴者を惹きつけるが、ここで仕掛けられるドッキリは兎に角渋い。

渋いって言うか、要は子供だまし。小学生、中学生がやるようなイタズラの数々。アロンアルファで何かくっつけちゃったり、注文したメニューが実際とちょっと違ったり。

そしてキメ台詞はいつも「テッテレー」という往年のドッキリ番組決まり文句?と同時に登場するTempuraが、いつも素敵なリアクションを提供するFujiyamaに「愛くるしいなーお前は」という愛ある一言で終わる。

Fujiyamaという愛くるしい存在

「愛くるしいなーお前は」と毎回言われている藤田ことFujiyama。まぁ見た目はアフロで髭面のおっさんなのであるが、まぁ愛くるしい。何がって疑うことを知らない。しかも全てTempuraの想定どおりの行動をしてしまう(非常に単純)。

もちろん映像作品なので、多少なりともヤラセというか誇張があることを除いたとしても、このFujiyama、アホである(勿論いい意味で、最大限の尊敬をもってのアホである)。もしこのアホさ加減をすべて計算して芝居していたとしたら凄まじい天才と言って差し支えない。

そもそも毎回毎回イタズラを仕掛けられていたら、仮にイタズラの種類が変わっても不穏な空気とか、違和感に敏感になるのが普通。

それは人間というか、動物に備わった本能ともいうべきものであり、それがあるから我々はこうして生き延びてきたはず。

ただそれを凌駕する絶対的な個の強さ、アホさ加減があるのだとしたら、そんな特異な存在が進化の歴史のターニングポイントには生まれて、人類をここまで進化させてきたのではないかと思わずにはいられない。

天才のいる動画がここにある。

どのイタズラも非常に面白いのだが、このイタズラは衝撃的である。簡単にネタバレしてしまえば、リュックの中身が4万5百円分の10円玉に置き換わるというもの。

その重さ約18kg。

帰り支度をするFujjiyama。

10円玉満載の自分のリュックに簡単な私物を入れはじめる。

何も気づかないFujiyama。

そして着替えを済ませて帰ろうと持ち上げようとしたところ

あまりの重さに崩れ落ちる。

面白い。そこはかとない面白みが滲み出ている。

だが同時に感じる違和感。

そう、普通だったらそれだけの10円玉が入っていたら、荷物を詰めている段階で気づく。そうじゃなくても持ち上げようとしたときに気づく。持ち上げるまでもなくわかるはずだ。そもそも18kgなんて相当重い。気合を入れなきゃ持ち上がりもしない。

いつもどれだけ気合を入れてカバンを持ち上げているのか。

それなのに、何故か持ち上げるまでいって、その突然の重みに耐え切れずに崩れ落ちる。これはいわゆるリアクション芸なのか?こんなクオリティでいつも芸人は日々を生きているのか。それが芸を磨くということなのか。

仮にそれがわざと(芸)なのだとしたら、本当に尊敬する。芸人の凄さに。

ただ私は思う、そして信じる。Fujiyamaとはそういう人物なのだ。全てに全力で、全てにアホで、全てにおいて純粋無垢な。

そしてここまでネタバレした上であえて見ていただきたい。

一発を狙わないコツコツの面白さ

テレビがオワコンと言ってしまうのは簡単だ。私も部屋からテレビを撤去してから10年は経とうかとしている。

このYoutubeを見ていると、テレビの足りていないところが見えてくる。とにかくテレビは一発を狙い過ぎなのだ。もちろん一つの番組にかかる制作費も尋常じゃないだろう。全国ネットとなれば、スポンサーにも、視聴者にも、見えないどこかの権力者にも媚を売っておかないといけない。

ドッキリ企画もあるはある。ただ一発の面白さを狙いすぎて設備が大掛かり。最早面白いとかではなく、凄いとしか言いようのないドッキリが満載。

注文したしらす丼の米がなくて、しらすだけだったみたいなしょぼい設定はテレビではまず採用されないだろう。(実際にこんなイタズラもある)

面白いと凄いは違う。

誰だってわかるのに、人は凄いことをしたくなってしまう。そう、面白いことは難しすぎるのだ。対して凄いことは比較的簡単。凄いとは要は金の問題であり、対して面白いとは非常に抽象的でファジーで個人的でふわっふわの捉えどころのないもの。

言うなればテレビはおせち料理。

肉あり、魚あり、甘いものもあったり。特別好きではないかも知れないけど、それなりにつまめるものがある。そしてなんと言っても見た目が豪華だ。ただ一つ一つが旨いかって言うと、そうでもなかったりする。「まぁおせちってこういうもんだよね」、「お正月だよね」みたいな。一年に一回の記念行事にあえて文句を言う人はいない。

でもこれが1年中365日公共の電波で流れているのがテレビなわけだ。

テレビではあまりに多様な人材に届ける必要がありすぎて、大味で油っこくて、塩辛くて、甘くて、誰もがわかるものだけが提供される。まだ何も知らない子供ならまだしも、それなりに舌が肥えた大人では食傷気味になっても当然。

それに時としてそういう分かりやすい味付けは人を傷つける。見ているこっちが痛くなる、不快になる表現が満載のときがある。そこまでしなくても、、、と思うことが誰しもある。

だったら毎日納豆に味噌汁みたいな面白番組がもう少し増えてもいいはず。それが出来るのが今はYoutubeなのかもしれない。

会社には、社会にはコツコツ愛くるしさが足りてない

よくよく考えると会社も社会も同じ病に陥っている。

効率を、スピードを、売り上げを、利益を、新製品を、クリエイティブなアイディアを。

結果的に分かりやすい数字ばかりが踊る、何とも面白みのない世界。

そんなことばかりいっていないで、とりあえず目の前の同僚に、目の前の仕事に、目の前の顧客に愛される愛くるしさがあればそれでいいんじゃないのかい。

この辺は書き出すとまた愚痴が増えるので今日はこの辺で。

トータルテンボスという才能

最後にはなるが、トータルテンボスという才能について語っておきたい。

これは大事なのでよく聞いてもらいたい。

実は、実際のところ、彼らはすごいのだ。

もう一度言おう。トータルテンボスはすごい。

私はテレビを見ないので、最近の彼らのテレビでの露出度が全くわからないのでなんとも言えない。だが、おそらくそこまでテレビには出ていないのではないかと推測する。

あまりひな壇で芸人トークをしているイメージがない。かと言って冠番組でMCをしているという話もあまり聞かない。

どうにもテレビは分かりやすいキャラに偏る傾向があるが、もっとこういう才能に目を向けて欲しい。彼らには豪勢なセットも高額ギャラの出演人も要らない。

気心の知れた仲間達とじゃれあうスペースさえ与えてあげれば、じんわりとした面白さを茶の間に届けてくれるはずなのだ。

わっしょい


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